東京地方裁判所 平成10年(ワ)6072号 判決 1998年11月12日
原告
金澤稔
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
阿部隆彦
被告
金澤羊子
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
井手大作
主文
一 被告らは、原告らに対し、別紙物件目録四記載の土地部分について、三鷹市長に対する公共用地境界の確定及び道路位置指定の申請に関する承諾をせよ。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 主文第一項同旨
二 被告ら各自は、原告らに対し、平成一〇年六月一〇日から主文第一項の確定及び承諾を了するまで一日一万円の割合による金員の支払をせよ。
第二 事案の概要
一 本件は、訴訟上の和解の一方当事者が、他方に対し、和解条項の履行請求として道路位置指定の申請に関する承諾等をすることを求める(この請求を以下「本件承諾請求」という。)とともに、その履行遅滞に基づく損害金(本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年六月一〇日から右承諾等を了するまで一日一万円の割合による金員)の各自支払を求める(この請求を以下「本件損害賠償請求」という。)ものである。
二 争いのない事実
1 金澤キヨ(以下「キヨ」という。)及び本件原告らを原告とし、金澤信夫(以下「信夫」という。)を被告とする訴訟(当庁昭和六〇年(ワ)第一二二四号事件)について、昭和六三年九月二九日和解が成立した。この和解においては、別紙物件目録一記載の土地(以下「五八二番二二土地」という。)につき、本件原告ら及び信夫が共有持分権を取得するものとされ、同目録二記載の土地(以下「五八二番二一土地」という。)は信夫が取得するものとされたほか、当事者双方は、五八二番二二土地を「全員の利益のための私道とすることを認め、私道の指定に必要な隅切をすることに協力することを合意する」との条項(以下「本件条項」という。)が定められた。
2(一) 信夫は、平成三年八月四日死亡した。被告らは、その相続人である。
(二) キヨは、平成七年五月一八日死亡した。原告ら及び被告らは、その相続人である。
3 原告らは、公路からみて五八二番二二土地の後方に位置する別紙物件目録三記載の土地(以下「五八二番二土地」という。)につき共有持分権を有している。
4 別紙物件目録記載の各土地は、都市計画区域内に所在しており、これらについての建築基準法上の特定行政庁は、三鷹市長である。
三 本件承諾請求に係る争点
1 被告らは、本件条項により、五八二番二二土地を私道とするため、三鷹市長に対する公共用地境界の確定及び道路位置の指定の申請に関する承諾をする義務を課せられるかどうか。右指定に係る道路の敷地となる土地の範囲は、別紙物件目録四記載の土地部分であるかどうか。
2 被告らが右1の道路位置の指定の申請に協力しないことに正当な理由があるかどうか。本件承諾請求が信義則に違反するかどうか。
第三 当裁判所の判断
一 本件承諾請求に係る争点について
1 争点1について
(一) 建築基準法第三章によれば、都市計画区域内においては、建築物の敷地は、原則として同章の規定にいう道路に二メートル以上接しなければならないものとされている(同法四三条一項本文)ところ、土地を建築物の敷地として利用するため、道路法等の法律によらないで築造する政令で定める基準に適合する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたものであって、幅員四メートル以上のものも、右の道路に該当するものとされている。(同法四二条一項五号)。そして、右の道路の位置の指定を受けようとする者は、申請書に地籍図等の所定の図面及び指定を受けようとする道路の敷地となる土地の所有者及びその土地又はその土地にある建築物等に関して権利を有する者の承諾書を添えて特定行政庁に提出するものとされ、右地籍図には、縮尺、方位、指定を受けようとする道路の位置、延長及び幅員、土地の境界、地番、地目、土地の所有者及びその土地又はその土地にある建築物等に関して権利を有する者の氏名等の事項を明示すべきものとされている(同法施行規則九条)。
(二) 他方、別紙物件目録記載の各土地の各位置及び形状の概略が、別紙図面二表示のとおりであること、五八二番二土地の公路に接した部分には、原告金澤裕が居宅を建築して使用していること、五八二番二二土地は、原告ら、被告らのいずれの側のものも、これを通路として使用してきたことは、当事者間に争いがなく、右(一)に判示したところをこの事実についてみると、五八二番二土地の北西部分は、建築基準法上直ちに建築物の敷地とすることが困難であり、これに接する土地について右の道路位置の指定を受けるなどの措置をとって初めてその上に適法に建築をすることができることとなるものである。
しかるところ、前記の和解が成立した当時、既に五八二番二土地の北西部分には旧い建物が存在していたが、これは実際上使用されていなかったこと(この事実は、当事者間に争いがない。)及び弁論の全趣旨によれば、右当時、キヨ及び原告らは、五八二番二土地の北西部分に建物を建築して、これを有効に利用することを考慮の内に置いていたものと推認すべきである。
(三) 右(一)、(二)のこと及び前記第二の二の各事実に、本件条項が、五八二番二二土地を「私道とすること」を合意した上、これにつき「私道の指定を受けるため」必要な隅切りをすべき旨を定めていることを併せると、本件条項は、五八二番二二土地を道路として築造した上、道路の位置の指定を受けることを前提とし、信夫(前記第二の二1のとおり、五八二番二二土地の共有持分権を有し、五八二番二一土地を所有するものとされた。)に対し、道路の敷地となる土地に関して権利を有するものとして右指定に関する承諾をし、併せて、道路の敷地となる土地との間の境界を明らかにすべき隣地の所有者として境界の確定に協力することなどの義務を課したものと解するのが、当事者の合理的意思に適うというべきである。
そして、本件条項が私道の指定に必要な隅切をするものと定めていること及び別紙物件目録四記載の土地部分の前示位置及び形状によれば、右の申請に係る道路の敷地となる土地の具体的範囲は、右土地部分と格別異なるものではないと解するのが相当である。
(四) 被告らは、前記第二の二2(一)のとおり、信夫の権利義務を承継したものであるから、結局、別紙物件目録四記載の土地部分を道路の敷地となる土地としてされるべき道路位置指定の申請について、右土地に関して権利を有する者として承諾をし、併せて隣地の所有者として境界の確定に協力することなどの義務を負うこととなる。
2 争点2について
(一) 被告らは、次のとおり主張する。五八二番二土地については、キヨが持分二分の一の共有持分権を有しており、同人は、これを原告らに相続させる旨の遺言をしたが、被告らは、遺留分減殺請求権を行使し、よって、同土地につき共有持分権を取得するに至った。右の遺留分減殺請求の効力は、訴訟において現に争われているので、被告らは、その勝訴を得た後に同土地につき分割請求をする予定である。ところが、原告らが本訴請求に係る道路位置指定を受ければ、同土地を売却するか、又はその上に建物を建築することは必定である。したがって、被告らには、原告らが道路位置指定を受けることに協力しない正当の理由があるというべきである。
しかしながら、原告らが、五八二番二土地についてどのような使用又は処分をするかは、現に共有持分権者であることの明らかな原告らにおいて本来自由に決し得る事柄である上に、挙げて事実上の問題であって、被告らがしたとする遺留分減殺請求やこれを前提としてされ得べき分割請求の効力に消長を来たすものではない。したがって、被告らが、そういうような分割の際の便宜を持ち出して、訴訟上の和解において合意された事項の履行を拒むことはできない。右主張は、失当である。
(二) 被告らはまた、原告金澤稔は、被告金澤正則との間において、平成六年六月二七日五八二番二二西端部分に隅切りをすることなどの合意に係る覚書を作成したところ、その合意内容は、本件条項とは異なるから、原告らは、本件条項を破棄したものであり、また、その履行請求をすることは信義則違反であると主張する。
しかしながら、被告らの主張によっても、また、前掲覚書(甲第七号証、乙第一号証の一、二)をみても、これによる合意が、本件条項に係る合意と相反するものとはおよそ解し得ないから、被告らの右主張は、その前提において当を得ず、採用の限りでない。
二 本件損害賠償請求について
原告らは、被告らが本件各協力義務を履行しないため、五八二番二土地の上に建物を建築することができないところ、これによって原告らの被る損害は、合計一日一万円の割合を下らないと主張するが、原告らが五八二番二土地の上に建築をすることができないことによって被っている損害の数額については、これを推し量る根拠となる何らの資料も提出されていないから、その認定をすることはできない。してみると、本件損害賠償請求は、その余の点についてみるまでもなく理由がないものといわざるを得ない。
第四 結語
以上によれば、本件承諾請求はいずれも理由があるからこれを認容し、本件損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。
(裁判官長屋文裕)
別紙物件目録
一 東京都三鷹市下連雀六丁目五八二番二二
宅地 67.78平方メートル
二 同所五八二番二一
宅地 193.95平方メートル
三 同所五八二番二
宅地 591.1四平方メートル(実測581.83平方メートル)
四 右一の土地中別紙図面一の斜線部分(右一の土地の全部)並びに右二及び三の各土地中同図面の斜線部分